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「待兼山芸術学会」(2016年3月26日)発表後アンケートの内容とお礼

3月26日の待兼山芸術学会で、「テアトロクラシーとその敵たち」という題で発表しました。

発表後多くの方からご質問を頂きました。ありがとうございます。

今回は、聴衆のみなさんにアンケート用紙を配布して、ご質問、ご感想を記入していただきました。

いただいた回答と私からのお答えを掲載します。

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1 この発表について良かったところがあればご記入ください。

「テアトロクラシーの語の定義が分かりやすく整理され、その変容の流れについてもスムーズに説明されていた。」

-ありがとうございます。「流れ」をどうまとめるかに最後まで四苦八苦していたので、「スムーズに」という言葉に胸をなで下ろしました。

「抽象的思考が皆無という人間にも、“概念史”という体裁をとりながらも、大変分かり易いものでした。
またパワーポイントも大変効果的だったと拝見しています。」

-ありがとうございます。パワーポイントはけっこう時間をかけました。ふざけ過ぎと怒られるかと心配でしたが…。

「まさに参加型のご発表でした!授業みたいで驚きました…先生のご発表に没入して、積極的に意見を考えることができました。」

-阪大に来て4年、内輪の研究会以外で学内で研究発表するのは初めでしたので、まず自分の研究テーマについてイメージをつかんでいただきたいと思い、授業のようなスタイルをとりました。


2 この発表について改善できるところがあればご記入ください。

「やや早口でした…
結局“民衆”と“観客”の差は、「演劇」が関わってくるか否か、ということでしょうか。
demosとtheatosの違いがややわかりにくかったので、予め説明していただけると有難いです。」

-恐れ入ります。授業のときもそうですが、今回も、ややゆっくりとしたペースで始めて、途中で制限時間が気になって早口になってしまいました。
「観客」と「民衆」とは、おっしゃるような意味で区別していました。前者は「演劇」(あるいは音楽、劇場、さらには「芸術」)が関わる局面で、後者は社会・政治一般の文脈で使うということです。
より精密に事態を捉えるために、用語法を洗練(あるいは細分化)させていくことの必要性を感じました。

「今回テアトロクラシーという語を用いた人物についてのみ言及されていたが、同様の議論を行っている人物もいるはず。他の言説にも触れることで、より深い「テアトロクラシーをめぐる論考史」になると思われる。」

-ご指摘ありがとうございます。今回は時間の関係もあり、「概念史」という方法論を前面に出して、議論の対象をかなり絞り込みました。もちろんそれらは論争史の中の氷山の一角に過ぎません。今後は点と点をつなぐ線が描けるように、その他の論者にも目を配っていきます。


3 そのほかご質問やご意見があればご記入ください。

「もしテアトロクラシーの定義の変化・転換が発表者の提示したもので間違いないとすれば、その転換期とは一体いつなのだろうか。ニーチェがヴァーグナー批判に転じた時期がそうなのか、又、その転換を生みだす背景となった政治体制はあったのだろうか。」

-鋭いご質問ありがとうございます。発表では詳しく触れられませんでしたが、ニーチェのヴァーグナー批判の背景には、彼のデモクラシーに対する、半ば批判的で、半ば達観にも似た態度があるように私は考えています。まだ一般的な言い方しかできませんが、19世紀に、大衆社会が後戻りできない仕方で到来し、デモクラシーが規範となった、そのような状況が契機となって、プラトン的な反「テアトロクラシー」からニーチェ的、さらにはベンヤミン的な反「テアトロクラシー」への転換が起こったと理解しています。

「集団的鑑賞と個的鑑賞という問題にも関して、御発表を伺いながら、常に頭にあったのは、H・アレントの言う“世界の共有”(彼女の言う“公共”)ということでした。彼女の“全体主義の起源”についての理解にテアトロクラシーという興味深い観点を頂戴したと思っています。」

-示唆を頂きありがとうございます。もともと関心の出発点として、『カント政治哲学講義』や『人間の条件』をはじめとしてアレントの議論は念頭にありましたが、改めて今回の発表との関係を考え直してみます。

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今後ともどうぞよろしくお願いします。
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